いろんな優しさ
優しさっていろいろありますけれども、誰かに
「優しくしよう」
「何かしてあげよう」
と思うとき、私たちの心の中のコップには愛がいっぱい入っていて、その愛が溢れている、
そんな状態のときだったりします。
このとき、与える愛の分量は、「コップから溢れた分だけ」なんです、なんて記事を昔書いたことがあります。
(どこにいったかな…?(笑))
そしてもうひとつ、やっぱり「優しくしよう」、「何かしてあげよう」と思うとき、上のような状態ではないこともあるんです。
そのココロは…、
「優しくしなくちゃ…」
「何かしてあげなくちゃ…」
な状態のとき。
こんなとき、
「今、無理しなくていいんですよ、できるときに、できることだけしてみましょうか。(^_^)」
なんて、よくお伝えしています。
優しさの底に無理があると…?
お相手にとって、優しさが必要なことが分かっていても、自分の与える愛に“無理”があっては、その方にとって本当に必要なエネルギーとして伝わらないということが起きてきます。
そして、ここは大事なところなのですが、この小さな“無理”が、自分の命を削ってしまうのです。
そして、本来は“与える愛”に見返りは求めないもの、なんですけれども、自分の命を削って与えているとき、つい、この“見返り”を期待したくなってしまう、それが人間だったりもするのです。
ほら、
「こんな思いをして、やってあげているのに。」
こんな感じです。
最初はそんなつもりではなかったんです。心から「こうしてあげたい」と思ったんだと思うんですねぇ。
でも、自分の命を少しでも削って与えたとき、例えば、「ちょっと厳しいけど、やってあげよう」と思ってしてあげたとき、それに対する何かが返ってこないと、つい、「損したな」とか、「どうして何も返ってこないんだろう」って思いたくなっちゃうものなのです。
与えるときは溢れた分だけ
だから、与えるときには、自分の心のコップから溢れた分だけ、なんです。
たとえ自分の想いの中で、自分はちょっとしんどいけど、この人のためになるなら、という気持ちでしてあげることもあると思います。
これはこれでいいのです。
ですが、これが“心の癖”になると、この、(ちょっとしんどいけど、この人のためなら…)が繰り返されるようになりますね。
すると、どうなるかといいますと…、
疲れてくる。
そうなんです。
自分の生きるエネルギーを削りながら与えますので、自分が疲れてしまうんです。
誰かに愛を与えるという行為は、温かいプラスのエネルギーが必要ですけれども、疲れたままでこれを与えようとすると、心に開いた小さな穴から、お相手のエネルギーを奪うマイナスエネルギーを放射してしまうんです。
例えば、言葉やメールの文章や、表情や、行為などに乗ってそのエネルギーはお相手に伝わります。
せっかくお相手に渡した愛が、マイナスに変わる瞬間です。
霊性が高い。
私たちはこれまで、人間として輪廻転生を何度も繰り返しています。
その中で、非常に多くの学びをしてきた魂があります。
そのような人は、とても霊性が高いですので、“誰かのための自分の命”だということを、私たちが普通に生きているのと同じような感覚で、“普通”に感じる場合もあります。
そして、さまざまな魂の経験を経てさまざまなものをそぎ落とし、本当に必要な魂の輝きのみを強くしてきた魂でもあります。
このような人は、自分を大切にするすべを普通に持っていますので、人のために生きているように見えて、実は自分の命を削っていないのですね。
いつか私も、このような人になれたら素敵だな、なんていつも思います。
本当の優しさを与えるために
誰かのエネルギーを奪わない“本当の優しさ”(愛)を与えるために、私たちにできることがあります。
●自分が温かい心でいられるように心がけること=自分の心を大切にすること
●優しさ(愛、思いやり)は、その人の気持ちになって与えること
●誰かに「こうしてあげたい」と思う影に“自分への愛”が隠れていないか確認すること
●その想い、行為で“あなたの心”が無理をしていないか、自分にまず尋ねること
こんなことなんです。
ちょっとしたことなのですねぇ。
もしその気になったら、自分の“心のコップ”に愛をためていきましょうか。
今、すぐにできることなんです。
まずは、“わたし”が笑顔になることから。
あなたが今、いちばんしたいことは何ですか?(^-^)
心から、応援しておりますね。
今日も幸せです。
すべてに感謝します。